神の声

8月2日、3日、4日のアフリカンダンスと音楽の情報ページは→コチラです。

ワークショップの予約締切は延期され、今月末までうつけることになりました。
ワークショップ、公演チケット購入の予約、または質問欄はこのページの一番下↓にあります。

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先日、今回のイベントの会場となる須佐神社に行ってきました。
今週末に「祇園祭」があるため、準備が進められていました。
沢山の提灯がノスタルジアを誘いました。

途中に山車があったので、帰りに寄ってみました。
そうしたら、ちょうど責任者のおじさんがいて、山車に上ってもいいよ、と言ってもらいました。
実は・・・これ、女人禁制。
え・・・いいんですか?と驚きながら、梯子を一段一段上りました。
山車は思ったよりも高く、結構怖かった。
同時に、きしむ床と、細部に、ずっとずっとひとびとが守ってきたこころと汗を感じました。
この山車は須佐神社へ奉納されるものです。
毎年、毎年、千年以上そうしてきたそうです。

ところが、日本の神事は女性を不浄のものとします。
だから、本当は女性はこの山車には上がってはなりません。
これは、ヨーロッパでも8世紀ころから始まった風習ですが、男性上位社会が席巻した一部の世界では、女性を神から遠ざけようとしてきました。
そのことに、わたしは子供のころから不信を抱いていました。

幼いころ、須佐神社で祇園太鼓を教わっていました。
けれど、祭になると、祭に出て演奏できるのは男の子だけ。
もちろん、山車には上ることも許されませんでした。
勇壮で美しく夜の闇に浮かんだ山車の上で友達の男の子たちが笛を吹いたり太鼓をたたいたりしているのを見ながら、わたしは、なぜなんだろう・・・とこころの中で唇をかんでました。
今もその風習は変わっていないと思います。
おじさんは「ホントはご法度なんだけどね、登ってみるかい?」と言って、わたしを上らせてくれたのです。
頼んでもいなかったのに・・・
きっと神様が「登ってみなさい」って言ったのだと思います。
そのおじさんを通して。

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その須佐神社でわたしたちは、来週ユスフ先生たちと太鼓をたたき、舞います。
アフリカでも長い間、女性が人前で太鼓を叩くことは許されていなかったそうです。
でも、ギニア国立バレエ団の振付家でディレクターのひとりでもあった、キモコ・サノ氏が、女性も大太鼓を縦にして叩きながら踊ることを始め、それがアフリカ各地、アメリカ、ヨーロッパ、そして日本にも広がったのです。
サノ氏が始めたという年代はハッキリ覚えていません。
多分、70年代後半か80年代の話だと思います。
そのキモコ・サノ氏を身近で知っていましたが、豪快なひとでした。
もともと、森林地方の出身の方で、イスラム文化の影響をあまり強く受けていなかったせいもあると思いますが、多くのタブーを破って改革的なひとでした。
体も、声も、生き方も、すべてスケールの大きな方でした。
伝説的なダンサーだったともいわれ(わたしが知っていたのは晩年で、ギニア国立バレエ団のディレクターでありながら、メルべ・デ・ギニアのディレクターもしていたころ。振り付けのフリを団員に見せる以外は、あまり踊りは踊っていませんでした。)楽器も演奏し、振り付けや舞台構成も画期的なものが多く、特に、女性の力強さを前面に出していました。
彼の振り付けたドゥンドゥンバ(男の中の男!という力強さを表現する音楽。これも、以前は男性だけが踊っていた。)の女性の振り付けは、とってもカッコよかった!!!
生活をともにさせていただいたこともありましたが、食事をするときも豪快な食べっぷりで、イスラム圏ではタブーの豚肉も平気で食べていました。
しかも、太鼓をテーブルにして・・・(笑)
ただ、練習と本番のときの厳しさは並大抵ではありませんでした。

須佐神社で太鼓を叩くたびに、彼の豪快な笑顔と、彼がともに歩いてきたギニアの歴史を思います。
そして、人類の歴史を・・・

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ある女性から先日、「日本人としてアフリカの太鼓や舞いをやるのに、少し腑に落ちないところがある」と電話でお話しがありました。
わたしも、そう思っている時期がありました。
そして自分に、「わたしは本来前衛音楽家であり、アフリカの音楽やダンスはそのための勉強だ。だから、日本人でもやっている。」とどこかで言い訳しているところもありました。
でも、今は思います。
音楽や舞いに国境はない。
なぜって・・・音楽や舞は神の言葉。
神に、国境なんてないからです。
神は、宇宙の存在。
国境を作ったのは、人間の恐怖心と欲で、神ではない。
そして、今、いろいろな意味で疲弊しきっている日本には、アフリカの大地に長い長いあいだ鳴り響き続けてきた音楽、舞は、きっと、大切なものを思い出させてくれる。

アフリカでは、度重なる植民地化や厳しい歴史の中、音楽や舞を含めた神事が生き残っています。
灼熱の中で、大粒の汗を流しながら、全身を使い、魂をゆさぶりながら、舞い、叩き、吹く。
人間として生きる厳しさの中に積極的に見い出す喜びと、活きることへの肯定感が音楽と舞に溢れている。
人間としての健やかな魂が生きている。
神の声が宿っている。
そこには、疲れ切った肉体と魂を慰め、勇気づけてくれる力があると思う。
そして、教えてくれる。
わたしたちは、ひとつなのだ、と。
音楽に、舞に、神に、国境なんてない。
そして、性差もない。
そう、教えてくれる。
わたしはそう思うのです。

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この地方、今日は久しぶりの雨です。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
わたしは、準備のため、佳境にはいっています。

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